連載記事
※毎週火曜日に掲載
濱田修建築研究所
テーマ vol.3基本構想が生まれるまで(アイデアとの出会い)
「アイデアは対話の中にある」
今回のテーマは、大変難しく一筋縄ではいかないと思いました。と言うのも、私は基本構想に至るまでに悩んでは考え、考えては悩み、その末に「これかな?」と言うものがようやく見えてくる次第で、とても産み出す過程を説明できるものではないと思っているからです。
もちろん、構想を練ることは、面白い作業なのですが、手順を踏んでオートマティックに出来あがる方法があれば、どんなに楽しいことだろうと思って止みません。
逆にアイデアが出てこない理由を上げるとすれば、それはプロジェクトと施主に対する理解不足であると思っています。しかし、色々なプロジェクトに関してオールマイティーに知識を持てるはずがありません。そのため一般的には携わることになってから調査を行い、類似用途の建築を体験し、携わる人の意見などを出来るだけ多く蓄積しなければなりません。
また、建築は施主が変われば価値観も違うので、施主の研究も欠かせません。施主はどんな思考の方なのかを理解するために多くの対話が必要です。施主自身がどんな建築を作りたいのか分からない場合も多く(公共工事など)、その時は、施主(社会など)には何を建築すれば喜んで貰えるかを見つけ出す洞察力が必要になり、より多く対話を重ねることが重要なのです。なぜなら、やり取りの中で理解と共にアイデアも出てくることが多々あり、行き詰まっている時こそ対話を重ねるべきだと思います。
対話の中でアイデアが浮かんだ2つのエピソードを紹介します。
小矢部市の呉服店「松屋」新築工事
私は、商品を展示する無柱空間に屋根を架ける方法として、和のテイストを付加するため、鉄骨と木材とのハイブリット構造の採用を構造設計者と共に目論んでいたのですが、形状に決め手がなく悩んでいました。
ある日の施主との打ち合わせで「この店舗が完成したら、店舗内でお客さんの写真を撮って差し上げたい」と言われ、提示された写真を見ると着物を着たモデルさんが番傘をもって微笑んでいました。その時の番傘の構造が繊細で美しく、和服の艶やかさと合っていました。番傘のように中央に梁が集まるように掛けて、木と細い鉄で構成すれば和服の展示に同調する空間になるだろうと思い、その時がアイデアと出会った瞬間でした。
射水市にある異形鉄筋メーカー「大谷製鉄㈱」食堂棟増築工事
打ち合わせ中の雑談で担当者さんが言った言葉が頭に残り、その後アイデアが生まれました。それは、「富山県の建築物は、ほぼ弊社の商品が使われています。ただ完成した時には、全く見えませんけどね(笑)」。確かに、異形鉄筋はコンクリートに埋められるために作られた部材なので、商品が見えることはありません。それならばせめて、自社施設では異形鉄筋を表すデザインにしてみてはどうかと思い提案し、露出した異形鉄筋で支える構造デザインが完成しました。
この2件はアイデアが直接形状に現れる解り易い事例です。しかし、私の場合は、設計のほとんどが施主との対話の中でアイデアが生まれます。そして、それを具現化する過程も構造設計者との対話でアイデアが生まれ、図面化する時も事務所スタッフとの対話でアイデアが生まれます。
対話は多くを語らずとも、声と表情で人柄や感情がよく伝わってきます。文章だけでは、そうはいかないのです。現在のように社会がパンデミック禍であっては、直接の対話が不自由な状況ですが、メールだけではなく、オンラインツール、せめて電話で話すことが必要です。
つまり建築のアイデアは、施主とそこに関わる様々な人との対話の中に生まれると思います。