連載記事
※毎週火曜日に掲載
水野建築研究所
テーマ vol.4建築と都市(周辺環境との関係性)
「周辺環境への緊張感と責任感」
大阪で働き始めた頃は、官公庁舎や学校建築などの公共性が高く、どちらかといえば周辺に対して影響力の高い建物の設計に携わっていました。建築文化に対する関心が深いフランスでは、建物の建設が始まる前に市民が意見を言う機会があり、景観を損なうような建築物を作ることを容認した政治家は失脚してしまうほどです。
日本では市民の関心がそこまで強くないので、多少は気が楽なのですが、建物のデザインを決める際には、緊張感と責任感を持って取り組むことを大切にするようになりました。その考えは、建物としては小さな住宅の設計を仕事の場とするようになった今も変わらず、設計する建物の周辺調査からスタートするようにしています。
自分の設計する建物だけではなく、周辺の建物のデザインや色彩、使用されている素材などを調査し、既に醸成している景観に後から加わる建物が違和感なく収まるような回答を導くための工程の一つです。これは先のコラムの中にあった、青山さんの「場所性」を探し、本瀬さんの「建物が風景の一部になる」ための準備にあたります。
建物の設計に際して、改修の場合はこれまでの近隣との関係性について重要視し、新築の場合は敷地の持つポテンシャルを如何に引き出すかを重点的に考えます。特に建物が立たない部分をどのように利用するかが大切で、このオープンなスペースが隣地との関係性を持つ大切な場所となるからです。
このことは敷地の狭い住宅においては特に顕著で、隣地の採光や通風といった重要な要素を切り取る行為だったり、庭の借景などで風景を共有することに繋がっていきます。そこで住まい手の要望を妨げない範囲で、隣地のことも考えるように心がけています。これまでそんな作業を何気なく行っていましたが、濱田さんのコラムにあった「地域の部分改修」というワードをみて、妙に腑に落ちた気分になりました。
最後に紹介する建物は、神戸のゴルフ場跡地に建てられた住宅で、住まい手の要望が「雑木林を抜けて家に入りたい」でした。そこで造園家と相談のうえで、もともとあったコナラの木を植えることで、周辺に残っている木々と合わせて景観を形成していくことにしました。
3mの高低差のある敷地に合わせて段状の空間とし、過剰に大きなボリュームにあることを避け、コナラの木々に隠れるような大きさとなった住まいは風の通り道となり、周辺の木々を渡り歩く小鳥たちの通り道となりました。
周辺環境を良くしようと積極的に働きかけることで、その建物の魅力は何倍にも膨らんでいきます。そして近隣との関係性を良好に保ち、そこに暮らす人々の心も豊かにしてくれことに期待しています。