連載記事
※毎週火曜日に掲載
studio SHUWARI Inc.
テーマ vol.5建築設計の楽しさ
「建築が社会と暮らしとつながるとき」
「建築設計の楽しさ」というテーマについて、もう十数年前のことになりますが静岡県の島田市というところで居酒屋さんの内装を手掛けた時のお話しをしたいと思います。
竣工後、オープニングパーティーに招待していただき、初めて自分が設計した空間にゲストとして入店しました。工事中、真新しい木の香りや、塗装の塗りたての匂いがしていた店内に、その日は美味しそうな料理の匂いや音楽、元気の良いスタッフさんの挨拶、他のお客様の賑わいなどが加わり、全く違う空間へと変貌していました。
自分が奮闘してつくりあげた空間が多くの人の力でまちの一部となり、社会とつながれたと初めて感じられた出来事だったように思います。
私自身の建築設計の楽しさは、まさにその社会や暮らしとつながる瞬間にあると感じています。商業施設だけでなく、住宅の設計についても同じことが言えます。椅子やテーブルなどの家具が置かれ、そこに暮らしが生まれることでつながりを感じることができます。時々、設計させていただいたお宅を訪問することがありますが、様々な工夫を凝らしながら生活されている様子を見ると、嬉しい気持ちになります。
その体験は、日頃の設計活動にも生かされています。ただ見た目が格好良いだけではなく、どうすればより良くその空間を活用してもらえるか、どのような人の行動をうながせるかを考えながら設計するようになりました。
最近では、新しいデザインのオフィスやスペースの依頼が多くなってきたと感じますが、クライアントさんには必ず、「運営とセットで考えましょう」というお話しをさせていただきます。どんなに素晴らしい空間を作っても、それを運営する仕組みや利用者のマインドセットが出来なければ、その空間の性質が先進的であればあるほど使われない空間になるのではという危機感を持っています。
これからの建築家の職能として、単に美しい空間をつくるだけではなく、一歩踏み込んで相手の気持ちになり、その一歩先を行くコンサルティング能力が必要だと思います。
少し遠回りになるかもしれませんが、時には他の専門家とコラボレーションをしながら自分が生み出す空間が身のあるものになるよう、対話を重ねることが大切だと思います。
ケンチクノワの読者の皆さんは、学生さんが多いと聞いています。今は授業や課題の中で、自分の頭の中の空間をつくりあげることが多いと思いますが、就職して、職業として設計の仕事に就いた時、自分の頭の中と社会や暮らしがつながる瞬間を感じることが出来ると思います。
設計の仕事は大変なことも多いですが、いつか必ずその喜びを感じることができる日がやってきます。その日まで、頭の中の空間を研ぎ澄ませて、人の話をよく聞けるような心を養っておいて下さい。
今回、最後の執筆ということで、読者の皆さんへのエールも込めて、この文章を送らせていただきます。
それでは、設計の現場でお会いする日まで!