連載記事
※毎週火曜日に掲載
水野建築研究所
テーマ vol.5建築設計の楽しさ
「設計スタイルを探す旅」
ちょうど東京オリンピックの閉会を迎える頃にこの原稿を書いています。コロナ禍の中、世界から集まり熱い戦いを続けた選手たちの熱をオンタイムで感じることが出来るのは開催国だからこそ。私も夕食を早めに切り上げテレビの前で陣取って家族の白い視線と戦っていました。
この観戦も建築設計者ならではの視線で、新しく作られた会場のデザインや仮設建築物のレイアウト、会場を彩るグラフィックデザインなど多くの刺激を受けることが出来ました。競技のなかでは特にスポーツクライミングが印象的でした。速さを競う「スピード」、課題のクリアを目指す「ボルダリング」、到達点を競う「リード」の3種類の混成種目としたことで、より面白さが増したように思います。
建築の世界でも短い工期を求められるもの、難しい条件の解決を迫られるもの、デザインや強度、環境といった個々の目的をもって高みを目指すものがあり、それぞれに設計者の得手不得手があって、最終的に総合力が求められる点などが似通っていると感じながら、競技の面白さと緊張感に引き込まれて観戦していました。
普段は住宅の設計を中心として活動していますが、7年前にプロポーザルを通じて、空港の近くにある県の陸上競技場の付帯施設として公衆トイレの設計をすることになりました。その時に、どうせやるなら「自分がこうあったら良いな」という理想を全面的に押し出した計画を図面化して提案しました。
・隣接する体育センターの圧倒的な大きさのもと、目立とうとするのではなく限りなく小さなボリュームでつくること
・利用者に憩いを与えるような、路地のような空間とすること
・県産材を利用した素材感のある建物とすること
これらのコンセプトをもとに、「小さなトイレ」と名付け提案しました。晴れて設計者として選ばれた時には、このうえない喜びと信念を貫いて良かったという思いで満たされました。この建物の設計から完成までには、前職で公共建築に携わってきた時に得た知識に加え、活動の場を富山に移してから設計してきた木造住宅のヒューマンスケールの感覚と木材の使い方が加わった、自分らしさを見直すうえで良いプロジェクトだったと思います。
このように自身の経験や、その時の興味などに合わせて変化させること、自分に合った設計スタイルを見つけることこそが建築設計の楽しさの本質ではないでしょうか。
非常勤講師として教壇に立っている専門学校では、毎年新入生に「どんなことでも自分の経験として活かされるのが設計という仕事です」と伝えています。この記事を読んでいる学生の皆さんには、「自分の興味を育て、勇気をもって建築設計の扉を開いて下さい。きっと自分らしい楽しさが待っていますよ」。この言葉を結びに贈りたいと思います。