連載記事
※隔週火曜日に公開
仲建築設計スタジオ
「外側と一緒に住宅を設計する」
新しい年になりました。竣工までのこのコラム、本年も引き続き、よろしくお願いします。
さて、いつものサイクリング話から。昨年12月に芦峅寺の立山博物館に行ってきました。
県庁職員の方々から立山信仰について伺ったのがきっかけです。地鉄は予約無しで自転車を持ち込めることを知って、登り坂が減らせるならと…本宮駅で下車して、少しだけ登っていった先に博物館はありました。設計は磯崎新氏ですね。内部にはいろいろな観点からの展示がずらり!と並んでいて、気がつくと2時間も経っていました。
なかでも立山曼荼羅が面白く、天国と地獄が極めて対比的に描かれ、見ていて飽きませんでした。また、水の管理と利用に膨大なエネルギーを注いできた富山の歴史の一端に触れることができました。地形や環境を読みとり、活かしながら、人間は自然の一部として暮らしてきたということを、これらの展示から受けとりました。
博物館をあとにして、ずっと下り坂。岩峅寺を経由してからは等高線沿いに西へ、八尾町に向かいました。八尾町も県の方から是非行ってみたらいいですよと、ご紹介を受けていたので。美しい街並みと眺めに感激しました。是非とも、おわら風の盆の時期にまた訪ねてみたいと思います。
北2号棟と北4号棟を住宅棟とする
さて、今回のコラムでは、創業・移住促進住宅の設計について述べたいと思います。旧・県職員住宅の北3号棟が創業支援センターに、2号棟と北4号棟がこれらの住宅に充てられます。この2棟を住宅用途に充てた理由は多面的なもので、時間を掛けた議論の結果です。
・(位置付け)職住融合の受け皿として、創業支援センターを中心に据えようとしたこと
・(住環境)2棟ある住宅の立地条件に差異を持たせたかったこと。4号棟の南面(ベランダがあって窓が大きい面)は創業支援センターに面することになりますが、都市部からの移住者のなかには、人の気配が感じられる住環境を選びたい人もいます。そのような都市的な居住環境の選択肢も残すべきだと考えました。
・(徒歩アクセス)ライトレールで訪れる人、周辺地域から訪れる方々にとってのメインアプローチの中心に、創業支援センターを置こうとしたこと。プロポーザル後に地域の方々とお話をしました。ライトレールの駅や周辺地域からこの場所に訪れる場合は、馬場記念公園経由の、北側からのアクセスになります。この公園から眺めると、旧団地は暗くて印象が良くないと口々に仰っていました。地域に溶け込む意味で、公園側からのアクセスを受け止める場所に創業支援センターを置こうと考えました。
・(車アクセス)間接的な理由になりますが、北2号棟の基礎天端の高さが他棟に比べて低いこと。このことは北2号棟の通り抜け(前回の貫通路の話を思い出してくださいね→https://www.kensetsu-labo.com/series/3181 )をつくる際に段差を低くできます。3棟あるうちの中央を創業支援センターにする場合、懸念が1つありました。それは車で来た人のアプローチ動線。来客用駐車場(旧北1号棟跡地)からは北2号棟を通りぬける必要があります。この通り抜けがスムーズであることは、創業支援センターへのアプローチにとって大事な要件です。北2号棟の基礎天端が低いことの発見は、用途を棟ごとに割り当てる際、背中を押してくれました。
ほかにも技術的な理由がいろいろあって、慎重な議論の末、北2号棟と北4号棟を創業・移住促進住宅として設計することにしました。
なお、高校生たちの建築甲子園優勝案のような、1棟の中にオフィスと住宅を混ぜることは、設計者選定プロポーザルに応募する際に検討しました。そのほうが賑やかだし、色々な出会いも期待できるし、ということで。2012年に発表した「地域社会圏モデル」(画像3参照、注1)ばりに、もっと多様な用途をミックスさせる案もつくりました。しかしながら、規模が大きいことからくる法的な制約から見送りました。その代わり、今回の改修では、「3棟全体を使って」の職住の融合状態をつくろうとしています。
ちなみに、2014年に完成させた「食堂付きアパート」(画像4参照)では、1棟の中で職住を融合させています。異種の用途を複合させることについて法的にはなかなか慎重で、いつも苦労するところです。近代のフレーミングとの齟齬が現れてきている一例とも言えますが、情報技術が進展した今日の地域活性化にとっては、用途複合という手法は重要なんですけどね。
住居形式の混在と、共用空間
さて、創業・移住促進住宅のナカミはどのようになっているでしょうか。北2号棟と北4号棟とで、その構成に本質的な違いはありません。1棟あたり、アパートメント(一般的な住宅)14戸、シェアハウス16戸、共用空間、という構成です(画像5、平面図参照)。
複数の住居形式が混在し、さらに、共用空間が充実しているわけです。これもそれも、大都市から移住してくる人にとって、教え合ったり、刺激し合ったりできる生活環境というのは大きな価値になるからです(画像6参照)。
共用空間というのは、画像5のオレンジ色のところですが、交流空間と機能的空間の2種類に分かれています。前者はコモンキッチンやリビング、畳スペースなどで、共用空間2(仮称)です。後者はエントランスやそこと連続した個人的な作業コーナー、浴室、ランドリーで、図面では共用空間1(仮称)です。
これらの共用空間は、2つの階段室を横断するようにつくられます。わかもんvol.04 「縦糸、横糸、セミラティス」(https://www.kensetsu-labo.com/series/2962 )を思い出して頂きたいのですが、階段室どうしを結ぶような「横糸」をつくることで、建物内部に経路の選択肢を増やそうとしていました。こうすることで、雨が降っていても濡れずにこれらの共用空間に辿り着くことができます。
そして、この共用空間はその棟に住むすべての人に開かれた空間です。決してシェアハウスの人だけが使う空間なのではありません。ここ、すごく大切です。そのため、階段室や貫通路からの出入口はガラス扉とし、入りやすい雰囲気を作っています。
多様な住戸プランのアパートメント
もう一度平面図を見てみてください。アパートメントは、大別すると2種類あり、3階、4階に配置した1個室のタイプと、1階の両端に配置した2個室のタイプがあります。1個室の住戸タイプが多くなっているのは、移住者の年齢層や世帯規模を考えたためです。この辺りは、「どんな人が使うのか」という問いを徐々に詳細に立てながら、設計時に詰めていった部分です。
ここで少し技術的な話になりますが、法規制や現代的なライフスタイルを理由として、設備用の穴を外壁に新設する必要があります(既設の壁に後から設備開口を開けることを「コア抜き」といいます)。建物は築50年ですが、このあいだに住宅用設備は大きく変わりました。
穴といっても、一つではありません。どんな種類があるかというと、大ものでいうと、エアコン、給湯器、換気のためのものです。既存の穴(新築時にあらかじめ設ける設備開口は「スリーブ」といいます)をできるだけ再利用しているものの、それでも1住戸あたり、複数のコア抜きが必要です。壁構造の建物なので、簡単ではありません。これまで僕の事務所ではUR団地の改修を3件手掛けたことがありますが、コア抜きには一定のルールがありました(画像7参照)。
個室の数が増えれば、外壁面に、換気やエアコンのためのコア抜きを増やさないといけません。躯体壁の長さを見て、その数は絞りたい、つまり、個室の数は絞りたい。こういう技術的な都合と、求められる住戸タイプのあり方の擦り合わせは葛藤の連続でした。ちょうどその頃、首都圏ではコロナ禍が深刻化しつつあって作業もままならず、余計にエネルギーを割くことになりました。
とはいえ、1階に2個室の住戸タイプも用意しているのは、もちろんそれ以外の方々も受け入れたいためです。1階ですと床下を活用して技術的な解決を図ることができますし、子育て中の世帯が1階に入居するのは合理的だと思います。
アパートメントの住戸プランは大きく2種類あると書きましたが、細かくはLDKのかたちにバリエーションがあり、8タイプもあります。(画像5のA〜Hの符号参照)設計時に繰り返し行った「どんな人が住むか、あるいは、住んでほしいか」というブレーンストーミングの結果なのですが、打ち合わせの場で藤井先生らから、「高校生の提案との連続性と考えると、なるべく団地っぽくない間取りとして欲しい」というお話をいただき、追求してきた結果でもあります(画像8参照)。
どのようなバリエーションがあるかというと、LDKが南北に連続しているか東西に連続しているか、という違いだったり、LDKの一角にちょっとした土間があったりという違いです。少し専門的な話になりますが、階段室型共同住宅は片廊下を持たず、そのため、窓からの眺めを生かしやすい。その特徴を生かすべく、LDKになるべくたくさんの窓があるように考えました。もちろん断熱をして、窓は二重サッシ化し、温熱性能をできるだけ向上させています。
住戸タイプの分布を見ると、北2号棟は3タイプ、北4号棟は5タイプあります。北4号棟が多いのは、4階専用タイプが2タイプ(画像5のEとGタイプ)もあるからなのですが、これにはちょっとした理由があります。
北2号棟からは立山がよく見えます。これは大きな価値として、「移住者にアピールできるゾ」と直感的に思いました(画像9参照)。ところが、北4号棟からは見えない。正確にいうと見える住戸もあるのですが、だいたい、見えない。立山の方角に、北3号棟や2号棟が建っているからです。これは仕方ありません。
ある時、打ち合わせで、「階段室で登る4階は大丈夫だろうか」と議論が持ち上がりました。僕は京都のマンモス団地(男山団地というところ)で生まれ育ち、5階建ての5階に暮らしていたので抵抗なかったのですが、それでも何か工夫したいと思いました。それが、4号棟4階専用住戸です。キッチンの形状を工夫し、LDKの一角を広げ、在宅勤務にもうってつけな外向きのスペースをもつ住戸タイプとしました(画像10参照)。
シェアハウス - それ自体も「横糸」、そして、上がり框収納
2階のシェアハウスについても説明しましょう。またまた平面図(画像5)を見てください。
シェアハウスは、2階の両端の住戸を3室型のシェアハウス(小)とし、中央部では2住戸で1人区画になるよう、コンクリート壁に開口を開け、5室型のシェアハウス(大)としています。シェアハウス(大)は、玄関扉を2つ持つわけですが、2つの階段室をつなぐ空間になるわけです。つまり、「横糸」です。その日の都合や気分に応じて登り降りする階段を選べます。また、そのためにカードキーを導入しています。
もう一つ工夫があります。それは、「上がり框収納」です。若い世代ではシェアハウスは一般化し、僕の事務所のスタッフや大学で教えている学生も住んでいます。でも、そこでの生活の様子を聞いてみたり、僕自身もあちこち見学に行ったりして、気がついたことがあります。それは、居るか居ないかわからない、急に出くわしてもビビる、ということです。特に空間が狭い場合はその傾向が顕著だと思いました。
そもそも、壁一枚で個室を区切るというデザインに問題があります。戸建て住宅と道路、マンションの住戸と廊下と同じような境界の作り方を繰り返しているのでは、不足のように思います。共用部でイェーイ!ということがかえってよそよそしい感じもしてきます。そうではなく、シェアハウス自体の作り方はないだろうか。常々そう思っていました。多様な人たちの受け皿として期待されている一方で、生活リズムはバラバラなので、「置かれているもの」も含めて、会話のきっかけを作ったらどうかなと思いました。
上がり框が個室の前にあるので、靴があるかないかで在不在がわかります。上がり框の奥には靴箱とともにオープン棚を設け、その人のお気に入りの本や絵などを飾れるようにし、人となりがそれとなく伝わるようにしています(画像11参照)。このように、プライベート空間の境界線を緩くすることで、シェアハウスに内在している「つながりの予感」を形に繋げようとしています。
外側と一緒に住宅を考える
だいぶ字数が増えてしまいました。でも、もう少しだけ。
共用空間の話に戻りますが、シェアキッチンやリビングには、既存のベランダを広げる形でウッドデッキを設けています。しかも、大きな庇付き。さらに、庭に降りてもいけます。庭には菜園があり、思う存分DIYができる場所もあります。日々の暮らしが住宅の外側にも広がっていくような構成、仕掛けにしています。
住戸プランの話もおさらいすると、立山への眺望をきっかけに多様な住戸プランに結びついたり、シェアハウスの境界をあえて曖昧にしたりしていました。すべての居住者が共用空間を使えます。住宅をその外側と一緒に考えている証です。随所に「横糸」の話も交えましたが、ともすれば固定的になってしまう団地内部に風通しを良くするものが「横糸」だとも言えます。
これらは、住宅の外側と一緒になった生活環境を提供したい、というところから生まれました。ここで創業しよう、富山に移住しよう、という方々が入居します。北3号棟の創業支援センターでオフィスを借りる人も少なからず入居するでしょう。そのような暮らしを選択した人たちに、いろいろな出会いや気づきを与えられるようにしたかったんです。あるいは、助け合って新しい暮らしを築いていくような場所にしたかったんです。そのためには、住宅を、その外側と一緒につくらないといけないと考えました。周辺住民との関係においても、どんな人たちが暮らしているのか分かりあえることは、地域の活性化によって大切なことです。
冒頭で、「3棟全体を使って」の職住の融合状態をつくる、と書きました。結果的にその判断をして良かったと思っています。「1棟の中での融合状態」にこだわってしまうと、どの棟も似たり寄ったりになってしまって、かえって均質になりかねません。「外側と一緒に住宅をつくる」なら、各棟の役割分担がある程度明確な方が、「外側」が新鮮に見え、人々が棟の間を移動するきっかけにもなります。
このような往来が各棟をつなぐ歩廊を通じて視覚化されれば、入居者以外にも開かれた雰囲気が出てくると思います。前回のコラムで県創業・ベンチャー課の野村さんが「入居者以外が近寄り難い異質な空間にはならないように」と仰っていました。このような期待にも添うものだと思っています。
今回はここまでです。文章が少し長く、また図面を読み込まないとわかりにくい内容ですみません。次回の僕のコラムでは、建築家であり日本女子大学学長でいらっしゃる、篠原聡子先生との対談をお届けしたいと思っています。この富山県のプロジェクトをめぐって、これからの生活について、お話をしてきました。お楽しみに。
・注1 横浜国立大学大学院Y-GSAのスタジオでの研究会で設計した提案モデル。建築家の山本理顕さん、末光弘和さん、経済学者の松行輝昌さんとともにスタジオを組織し、Y-GSAの学生らおよび横浜市、東京ガス、清水建設、日産自動車、URリンケージ、三菱地所といった自治体、企業と協働した。研究成果は『地域社会圏主義 増補改訂版』(LIXIL出版、2012年)にまとめられている。