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※隔週火曜日に公開
特別対談
「これからの住まい(前編)」
「わかもん〜高校生のプランが現実に〜」Vol.13は、日本女子大学学長で建築家の篠原聡子さんと、私、仲俊治の対談企画(前編)をお届けします。
日頃から「住まい」について研究され、日本だけでなく世界の住まいにも幅広い見識をお持ちの篠原さんに、「富山県創業支援センター/創業・移住促進住居」のご感想・ご意見をいただきながら、対談してきました。
仲俊治
今日は、仲建築設計スタジオが富山で設計を手掛け、現在工事が進んでいる「富山県創業支援センター/創業・移住促進住宅」をめぐって、これからの住まいについて語り合おうと思います。
また、篠原さんの最新作「SHARE tenjincho」や最新著作である『アジアン・コモンズ』についてもお話を伺えればと思います。よろしくお願いします。
篠原聡子
よろしくお願いします。
仲
この富山県でのプロジェクト(富山県創業支援センター/創業・移住促進住宅)は、高校生の「2017建築甲子園」で優勝したリノベーションプランが出発点になっています。優勝したのは、「富山工業高校」という、建築・土木などを学べる公立学校です。このプロジェクトの設計監理を通じて、高校生が描いた夢の実現をお手伝いしているのですが、それ以外にも、ワークショップを同校の生徒と行い、実際に使う椅子や照明などを製作してきました。
篠原
甲子園で日本一ですか(建築甲子園のプランを見ながら)。プランが作り込まれていて凄いですね!このリノベーションをする建物(旧県職員住宅)はいつ頃建った建物なんですか?
仲
約50年前です。このプロジェクトでは、富山県の人間ではない僕が、どういったものを提供できるかをずっと自問自答しています。工事監理が始まってからは富山に住み、自転車であっちこっち巡るなどして、富山をもっとよく知ろうとしています(笑)。
このプロジェクトのことを少し説明させてください。コンセプトは「セミラティス化」です。その方法が「縦糸に横糸を重ねて編む」ということです。「縦糸」は、住棟内の階段室や並行配置された住棟を指しています。「横糸」は、建築内外に新設する廊下や共用空間で、既存の階段室同士を繋げる役割があります。また住棟間の歩廊は職住エリアを密接に統合する役割があります。これらにより、利用者は縦横無尽に移動できることになります。
「編む」ことによって、居場所や経路を自由に選べて「3棟を一つ」に、一体化しています。例えば、住居である、創業・移住促進棟(2、4号棟)ですと、両脇の階段室を繋ぐようにシェアハウスをあえて大きくし、どちらの階段室でもアクセスできるようにしています。1階の共用空間部はコモンリビング、コモンキッチンも複数の階段に面しているので、雨に濡れずに行き来できるようになっています。
アパートメントは8タイプあります。そしてシェアハウスも混在しています。間取りだけでなく、住む形式も多彩になっています。
真ん中の創業支援センター(3号棟)にも、内部や外部に「横糸」をつくりますので、人びとは建物内を回遊できます。また、富山の素材、例えば和紙や銅板加工をする作家さんとのコラボもしています。
この創業支援センターは、1階がチャレンジショップ、2階がコワーキング、3階がブースオフィスや共用ラウンジ、4階は個室タイプのオフィスとなっています。3階レベルにはテラスを新設し、その下をアーケードと呼んでいます。富山は雪や雨が多いのでアーケードは大切です。もちろん、階段室同士を結ぶような中廊下も作っています。
施設の中心に位置するカフェは、そのインテリアを高校生らと一緒に考え、一部のアイテムをワークショップで製作しています。カフェの入り口は2箇所にあって、通り抜けできるような格好です。藤森泰司さんには家具、岡安泉さんには照明、中尾千絵さんにはグラフィックのワークショップを監修してもらい、参加していただいています。
篠原
ご説明ありがとうございます。まずリノベーションについてですが、昔の階段室型、公団式の住居は基本的に住空間としての性能が良いですよね。40㎡あるかないかのところに、しっかりと間口がある。基本的に住居としての性能が高いと思います。
今回のプロジェクトも、公共がつくった団地のリノベーションですし、この性能の高さは一つのアドバンテージになりますよね。リノベーションは、本来の持っているアドバンテージをどうやって引き立たせる事が出来るかが重要です。
接地性の意味では、1〜3階も同じようなつくりですよね。本来の建築は、1階は1階の、2階は2階のつくり方があるはずですが、この旧職員住宅は全て同じつくりである標準化の中で、その欠点をチャレンジショップやコモンスペースなどのアクセシビリティの高いものに変えているので、本来建築のあるべき姿に戻していて、「素直」なリノベーションプランだなと感じました。とはいえ、大変難易度が高いことをしていますね。
仲
富山はトラム(富山ライトレール)が有名で、高校生や若者が日常的によく利用します。トラムの駅から降りると、美しい公園(馬場記念公園)を通って、アプローチします。
例えば、1階の住宅でそのアプローチに面する住宅は、住み開きができてもイイのでは?と考え、ベランダを壊して外階段を設け、ダイニングキッチンに直接入れるようにしています。接地性と隣接条件を踏まえてプランニングをしています。
篠原
そうなんですよね。1階のコモンスペース、オープンアクセスな場所は、入り口に近かったり角だったり、元々は人がたまりやすい場所で、さらにその場所を補強してあげると、もっと人が集まりやすい場所になると思います。
ポリセントリック(多中心)と言いますか、チャレンジショップなどがこの施設全体のコアな場所になると思いますが、チャレンジショップ以外に、小さくても「核」となる場所が作られ、大きな核と小さな核が連携し、人が集まってくるようになるのではないかと感じました。
仲
なるほど。言われてみれば、そうですね。「多中心」というのはリノベーションだから必然的ではありますが、「縦糸・横糸」という方法論のうえに、接地性や隣接条件を汲みとって設計することで、「多中心」という特性は強化されていると思います。
旧県職員住宅の1階の床組は偶然にも、全て木造でした。
篠原
すると「下」が使えますね。
仲
そうなんです。床を下げて天井を高くしたり、設備スペースとして使えたりできるんです。リノベーションとしてのやりにくさは多々ありますが、元ある建物の特徴をすこしでも活かそうと考え、1階の活性化というところに結びつきました。
篠原
以前、『住まいの境界を読む』(著者:篠原聡子、彰国社)を書いた際、公団住宅の1階の木造の床を剥がして、基礎梁の下に床を貼ったユニークな住戸の改修をした設計者を取材したことがあります。それはもともとの建物の床下に空間があって、しかも階段室型で開口も広かったので色々できたわけです。
建築的な面白さは、時代が新しいほどなくなっていくように感じられます。間口が小さくなったり、プレキャストになったり。集合住宅はトライアルであり、不出来ゆえの面白さがありますよね。
仲
創業・移住促進棟には、いろいろな住戸タイプが混ざっているだけでなく、シェアハウスも組み込まれています。このあたり、江戸川アパートメントを彷彿とさせると言われることもあります。江戸川アパートメントを解体前に見学できなかったので、本を読んだ限りしかないのですが、階段室が上階で廊下に繋がる面白さを感じていました。
篠原
『脱住宅』の世界でいうと、決まった家族に対して決まった形のものを提供する。近代の重要な一つのビルディングタイプは「中古住宅」ですが、多様性をどれだけ無くせるかの方法として、家族は家族だけ、単身者は単身者だけ、住まうところは住まうところだけ。出来るだけ多様性を排除する方向に集合住宅は作られてきました。分譲で多様性を持たせるとクレームが出たりします。建築としてのコンサバティブ(無難)な部分は、居住者自身が補強していくのだと、話を聞いた時にそう思いました。
ファミリー住戸ではなく、先ほど仲さんは「アパートメント」と仰いました。名前って重要ですよね。シェアハウスをつくった際に、わかりやすくシェアハウスとつけますが、本来は家族用住戸と単身者住戸、別に分けなくてもよくない?と最近思います。
仲
「アパートメント」は担当課による命名です。単純に家族向けと言ってしまうと単身者はだめなのかとなり、都市部からの移住の受け皿としては途端にキャパシティが狭まってします。そんなことで名前をどうしようかと議論していました。篠原さんが研究調査されている中で、諸外国では住形式が混在した共同住宅はありますか。
篠原
立体最小限を目指したものはファミリー住戸ですよね。核家族用の住宅を量産することがベースにあるので、ワンルームマンションがあるのは日本だけですね。
仲
諸外国だと、単身者はどこに住んでいるんですか?
篠原
単身者は大体がシェアしています。3部屋を分けたり。「SHARE yaraicho」(https://tailand.jp)に小さなゲストルームがあるんですけど、隈事務所にインターンしている女性が、シェアして住むのはよくある話だけど、最初から「シェアするための家」は初めての経験だと言っていました。シェアするためのビルディングタイプがあるのは珍しいかもしれません。
仲
一軒家やアパートを借りてシェアするのは、友達や知り合いどうしということが多いのではないでしょうか。つまり、メンバーがあらかじめ決まっていますが、「シェアするための家」だと、どんな人がいるのかはわからないですからね。それが現代的だなと思います。
篠原
そうですね、それが若者には徐々に受け入れられるようになってきましたが、若者の世代が年を重ねると、様々な世代・境遇の人がシェアハウスに住むようになるのではないかと思います。
仲
シェアハウスで多世代居住というのは興味深いですね。
篠原
そうですね。「セミラティス」の主要なコンセプトは、ダイバーシティだと思いますが、シェアハウスの住居形式が多様な世代を混ぜる装置になりうるのではないかと思います。ただ、中間的なコモンスペースはどうやってシェアしていくか。これは繊細なオペレーションが必要かもしれません。
仲
シェアハウスの個室が集まる2階のフロアには、共有の場所としてミニキッチンがあります。ささやかなキッチンで、「水を飲む」「薬を飲む」、せいぜい「お茶漬けを食べる」程度を想定しています。料理までは難しいかな、といった設えにしています。下の階にちゃんとしたコモンキッチンがあるので、2階で用事が完結してしまわないようにです。もちろん、想定外の使い方はダメ!とは言えないので難しいんですけどね(笑)。
篠原
それは人によって別れますよね。Aの場所だけで用事を済ませる人。毎回Bの場所を訪れる人。AもBも来る人。調査してみると面白そうですね(笑)。
仲
そういえば、少し前に中国の深圳で展覧会があり、プレゼンしてきました。日本の建築家達は、8〜15人規模のシェアハウスをプレゼンしていましたが、一方で中国の建築家のなかには、800人のシェアハウスを展示しているんです(笑)。スケールが違いすぎて唖然としました。もはやハウスではなくて(笑)。
篠原
(笑)。私も以前、中国で大きなスーパーマーケットをシェアハウスに改修してある建物を見ましたが、そのスケール感はもう、それ自体が「都市」でした。日本のシェアハウスでいう、ご近所だとか、コミュニティの問題だとか、もうそんなの関係ないんですよね。
仲
シェアハウス住まいで困ることは、「部屋にいるのかいないのか」がわからないことです。誰もいないと思ったら、急に住人が出てきてビックリしたり、話のきっかけを掴めない。
そこで、この富山のシェアハウスでは、あえて土足スペースを拡張させ、上框(あがりがまち)を個室の前にしました。靴があるかないかで在・不在がわかる、というわけです。さらにその上框スペースに、ディスプレイ棚を設けます。
篠原
シェアハウスで住人の境界や存在を示すには、個人からの情報発信が重要ですよね。例えば、提灯がぶら下げてあったり、玄関扉に飾り付けされていたり。こうした工夫は「私ココにいます」と発信になります。その人がその場所とどう関わるか?ですね。
仲
1階にはその棟に住む住人共有のコモンキッチンがありますが、その外側にはテラスを増設しました。富山は雨や雪が多いので、大きな庇を設置しています。降りた先には畑があったり、DIYのスペースがあったりして、1階を地表面と近づけようと考えました。
篠原
住み始めた人が手を加える場所があればいいですよね。タイのバンコクにある「ディンデン団地」の話になりますが、この団地は4棟ずつ約9ブロックからなる団地で、各辻に必ずお社(名称=サーン・プラプーム)が建っています。これは自分達でお金を集めて作るそうですが、一種の「マーキング行為」なんですね。このマーキングをすることで、「ここは私たちが住んでいる場所」として、愛着の拠点になるそうで、住民らにとっては凄く重要なことだそうです。
取材すると、お社を中心に人が集まる屋台や落ち着いて食事が出来るカフェ、オフィスだったりと、同心円状に人が集まる施設が自然と出来てきたことがわかってきました。この富山の施設でも、テラスやチャレンジショップが拠点となって、「もっと大きいテラスが欲しいよね」なんて話が住民から出てくると良いですね。
仲
なるほど。それが先ほど篠原さんが仰っていた「小さな核」ということですね。小さな核としてまわりにばらまかれ、その核が成長してくると、自然と人が集まる場所や施設として出来上がっていくわけですね。
篠原
成長してくると様々なことが起きてきますよね。台北の住宅地の話を例に出すと、その場所には、公団の採光のための「公園」があり、周辺の住民がその公園に、「木陰が欲しい、堀が欲しい。花壇を使いたい」との話になって、周辺住民が手を入れ始めたそうです。
行政が所有する公園ではありますが、今はそれぞれの住民コミュニティによって管理されている。そうなると、面白いですよね。みんなが手を入れられるような外部空間が望ましいのではないかと思います。
仲
その手を入れられる場所が自治的な場になって、自治が育ってくると言ったところでしょうか。
篠原
場所が育ってくると目に見えて、「自分達の場所」と感じるようになりますよね。みんなに同じものが見えてわかりやすい、「共同体験の場所」が重要だと思います。
後編につづく