連載記事
※隔週火曜日に公開
富山工業高校建築工学科科長
「製作アイテム(椅子編つづき)」
今回も引き続き、製作アイテム紹介の「椅子編」の続きになります。コラムを通じて各アイテムの注目ポイントを少しでも知っていただき、カフェ空間をもっと楽しんでもらえたらと思います!
3.GATHER
「Curve chair」とは対照的に、ブラッシュアップによって大きく変化したのが「GATHER」です。ギリギリまで時間をかけてデザインの最終案や施工方法を検討していた所が印象的でした。
椅子の名前になっているGATHER という言葉には、「寄せ集める」「つながる」という意味があるそうです。この施設にたくさんの人が寄せ集まり、人と人とがつながる場になってほしいという願いから、そうネーミングされました。
ファッション用語では、「布を縫い縮めて立体化したり、美しいしわを出したりする装飾的テクニック」の一つとして用いられる言葉ですから、建築コンセプトの「暮らしを編む」にも親和性があります。
生徒らも、「糸」の動きをイメージして、一筆書きのように椅子を構成する各パーツが、1本の糸でつながっていくようなデザインを目指していました。
ブラッシュアップ前のGATHERでは、この1本の糸のつながりという考え方に強くこだわって検討がなされていました。
ブラッシュアップ前のGATHER
この1本の糸が斗折蛇行しているデザインによって、椅子と椅子、人と人とをつなぎ、ここに集う人たちが持ち寄るアイデアや 、意見を交わしながら生み出されるアイデアまでもが糸のように紡ぎだされて、更には富山の未来を紡ぎだすのだそう。コンセプトをそのまま椅子という形に変換しているところが、荒々しくも高校生らしくて好印象でした。
ただ座り心地や強度には課題点が多かったため、他のグループと同様、コンセプトを引き継ぎつつ、座り心地が良くなるようなブラッシュアップを後輩の3年生たちは目指しました。そしてその結果、デザインは大ジャンプ。大胆なマイナーチェンジが起きました。
新しくなったGATHERには、脚部や座面から背もたれまでが1枚の板でできているように見える、という大きな特徴があります。これによって全てのパーツが一体的に見え、荒々しかった以前のデザインよりも、まとまりと愛らしさが生まれました。
しかし、デザインの肝になっている湾曲した板の成形作業には大変な苦労がありました。前回コラムでも紹介したCurve chairチームの背もたれのパーツと同様、自分たちの手作業によって「曲げ合板」を作っているのです。
通常曲げ合板の成形は、専用の大型機械を使って家具工場等で行われるため、精度良く製作できます。しかし少ない生産数だとコストが見合いませんので仕方なく手作りとなるわけです。当然、加工技術にも限界があり精度も機械に比べ落ちてしまう可能性があるのが課題でした。
作り方としては薄いベニヤに木工用ボンドをしっかりと塗って何枚も重ねていきます。一枚一枚が薄いのでボンドが固まる前であれば曲げる事が可能ですから、その状態で成形型やクランプでしっかりと固定してボンドが固まれば一応完成。あとは周りを所定の寸法に合わせて切断して形を整えてパーツにしていきます。
椅子の大部分をこの曲げ合板が占めるので、Curve chairチームよりぐんと高い精度が求められます。所定の形状まで曲げきれなかったり、ベニヤとベニヤの圧着が弱く隙間ができたり、失敗のたびに工夫して何度も作り直していました。
最終的には、学校に手持ちの1.6㎜のベニヤのストックがもう無い、失敗が許されないという危機的状況の中、中嶋さんにも協力していただいてみんなで作り上げるということに。曲げ合板、本当によく頑張って課題を乗り越えたと思います。
こうした苦労の末出来上がった全体的な丸いフォルムは、可愛らしさだけでなく椅子の座り心地にもよい影響を与えています。
背もたれ、膝の裏、お尻の部分が椅子に触れたときに硬かったりすると痛く、長時間座っていられませんが、このデザインならばあらゆる箇所にアールの形状が生まれるので、ゆったりと身体を預けることができます。
細かい部分でも、各部の面取りを丁寧に行って身体のあたりを良くしてあります。背もたれの角度にもこだわり、実寸大の模型を製作して実際に座りながら検討もしました。
また、正面から背面にかけて互い違いにスリットを入れることで、椅子が 1本の糸で作られているイメージを表現しています。先輩のデザインを活かしているわけですね。見た目だけでなく手作りの曲げ合板の重量を軽減するのにもこのスリットは一役買っています。
加工もなかなか大変で、型板を作ってからトリマー加工をしています。
この同じピッチのスリットですが、背面には1カ所だけピッチの幅を広くしてある箇所があります。この部分に手を入れて椅子を引いたり、持ち上げたりすることができるようになっています。このように気の利いたちょっとした使い勝手を、デザインの中にそっと忍ばせておくこともデザイナーの皆さんからの学びの一つでした。
藤森さんからは、
「とにかく高校生とは思えないくらいすごい精度で出来ている。美術大学の卒業製作のレベルかと思うくらいだ。コンセプトと出来上がったデザインの関係みたいなものは、未だに私たちも悩むところ。
やっぱり去年の先輩のデザインは、「繋がり」というコンセプトがそのまま形になったある種の強さを持っているし分かりやすい。
だけど一方で、「道具」としての評価というものが椅子にはある。だからコンセプトはわかるけど、椅子としてはどうなの?とならないようにバランスをとらなきゃならないのがデザインの難しいところ。
その辺りを今年のみんなが先輩の「繋ぐ」という意匠性を汲み取って、新しい形式に変換しベニヤにして薄くしたりスリットを入れて軽くしたり、そんな風にデザインが昇華されていったことの経験、すごい勉強になったんじゃないかと思う」
と褒めていただけました。
まさに、自分たちの大切にしたい所と先輩の考えたコンセプトのせめぎ合いの中で本当によく作りきった、大変意欲的な作品となりました。
4.緒
「緒(いとぐち)」という名前の椅子です。
「緒」という漢字には、 「ものごとの始まり」という意味があり、団地のはじまりやこのカフェの始まり、50年前と現在の繋がりを表しています。
「50年以上人々の暮らしや人生を支えてくれた材料に、これから先も支えてもらう」というコンセプトのもと、解体され廃材となる予定だった既存団地の畳床の下地板を、椅子の座面と背もたれに再利用しています。
時間や記憶の蓄積されたモノを別のカタチに変換し新たな意味を与えるという素晴らしい取り組みに感心し、僕もちょっとだけ協力させてもらいました。
解体工事が始まる頃に営繕課さんから許可をいただき、施工業者である林建設さんにお願いして、旧2号棟と旧4号棟の畳の部屋から下地板を確保してもらいました。
学校へは僕の小さい車で運搬しなければならず、現場所員であり本校のOBでもある津野君(わかもんvol.12に登場)にお願いして、丸鋸で半分にカットしてもらいました。こんな所でも卒業生に関わってもらえて感謝です(笑)。
あとは生徒たちにバトンタッチ。学校では下地板を所定の寸法に削り出し、背板と座面のパーツにします。
この廃材はスギ材なのですが、他の樹種に比べて柔らかさや温かみを感じられるのがスギ材の良いところ。それに他のチームの椅子がペーパーコードや合板などを使っているので4脚とも身体に触れる素材がバラバラになったのも結果的に面白くて良かったと思います。
生徒らがこだわっていたのは他のチーム同様透け感のあるデザインです。空間の圧迫感を軽減し、視覚的に軽く見えるような工夫として、背板や座面をルーバー状に配置しています。少しずつカーブするように配置を変えていく事で身体にフィットするような立体形状も作り出しています。
またスギ材などの針葉樹は、材ごとに赤身(赤色に近い材)と白太(白色に近い材)の濃淡がハッキリと出やすいので、何も考えず配置してしまうと何だかバラバラで統一感が生まれません。ですからそれらをグラデーショナルになるよう組み直し、視覚的にも美しく見えるように工夫しています。
一方で座面と背面以外の部材には、丈夫な椅子になるよう硬い「ナラ材」を使用しています。特にポイントなのが座面、背板、脚部が交わる横から見た時の逆三角形の構造です。高い強度を生み出し安定感を向上させています。
この緒は1年目から作品のクオリティが高く、どうブラッシュアップしていくかが難しかったと思います。先輩が作った椅子に何度も座って感想を言い合いながら、細やかな座り心地の改善をしていきました。
ルーバーの隙間を狭めて身体への設置面積を増やし座ったときの当たりを和らげたり、背もたれが肩甲骨に当たって痛い事から高さを低くくしたり、座面は2°傾斜させる事で座ったときのゆったり感をだしたり、アーム(肘掛け)もしっかり機能するように高さや大きさ幅を変えてあります。
僕は背もたれの高さを低くした事が、肩甲骨に当たって痛いだけじゃなく、他のチームの椅子と並んだときの大きさのバランスを取るためにそうしたと聞いて、とても感心しました。自分たちのチームだけじゃなく全体の一部分として調和を図りデザインを決定出来るなんて何て大人なんだろう!と(笑)。全体の見え方、佇まいが一気に素敵になりました。
藤森さんからは
「これぞ正当進化。必要なところ必要じゃないところを見極めながら、かなり検討を重ねて完成度が高くなった。背もたれの曲率を変えてないけど、ルーバーのピッチを変えた事でホールド感が良くなっているし、アームと背もたれの関係も非常によい。
そのアームがすごい不思議な魅力的な長さをしているのも良くて、普通アームにはいろいろな長さのバリエーションがあるけど、みんなでちゃんと検討したことがよく分かる。よく頑張った」
と言っていただけました。
みなさんにも是非座っていただいて、50年前の木の温もりを感じてほしいと思います。
5.カフェテーブル
椅子とセットになるテーブル製作も行いました。カフェに7台、チャレンジショップに3台の計10台が置かれる予定です。
椅子の製作に予想以上のエネルギーと時間を費やす事になってしまったため、このアイテムは作ることだけに集中。テーブルのデザインは藤森泰司アトリエによるもので、出来るだけ作りやすさを優先しシンプルな設計にしていただきました。
製作内容としては、天板の加工や塗装、また、脚と天板の組付けを行いました。また、ただ作るだけではなく、天板に塗られる塗料の色味の検討などもさせてもらいました。
天板の加工については、10台の仕上がり精度が均一になることに注意して、製作の方法を決定していきました。天板の素材は、カラマツ合板の厚さ 21mmの木口積層出しです。
コーナー部分は、20Rに型板に合わせて墨付けを行いをベルトサンダーで粗削りし、その後 やすりで丁寧に仕上げを行いました。
面取りの部分は 1.5R という指定だったので、鉋で 45 度に角を落とし、1.5R専用のやすりを準備して仕上げを行います。最後は全体に320 番のやすりを使用し、触り心地が良くなるようにしています。
カフェ空間の雰囲気を決定づける要素でもあるため、天板の塗装を何色にするのかは重要なポイントでした。
今回使用した塗料は、和信のMizucolorという塗料です。この塗料は木製インテリアにもエクステリアにも使用される塗料で、木のあたたかみをそのままに、木目が鮮やかな仕上がりになります。
色はチャコール、アッシュグレー、ラベンダーブルー、キャラメルブラウン、ターコイズブルー、アイボリーの 6色の中から検討しましたが、実際はとても悩みました。
最終的に採用されたのはチャコールです。
先輩から引き継ぎ、時間をかけて製作した思い入れの強い椅子が、カフェ空間の中でそれぞれの良さが消えないようにすること、そして椅子の素朴な風合いが活かせることを第一に考えました。また、壁面グラフィックのチームや照明チームとの兼ね合いも含めて慎重に検討した結果でした。
チャレンジショップ用の3台のテーブルについては、OSMOのクリア塗装、蜜蝋ワックスでサンプルを製作し検討しました。OSMOと蜜蝋ワックスにはそれぞれ利点がありますが、今回は特に汚れや水に強いOSMOを採用することにしました。
カフェで使用されることを考慮して、サンプルにいろいろな液体を垂らし、0分、5分、10分経過ごとにシミや汚れなどができるかの実験もしました(チャコール色はその中で最も目立ちにくい色で、すぐに拭き取れば問題ないことが分かりました)。
空間の事を第一に考えて進めてくれた事で、椅子の良さも引き立ち、風景としてとても良くなったと思います。ぜひオープンした際には、多くの人にこのテーブルと椅子でお茶の時間を楽しんでもらいたいです。
高校生が作ったカフェ空間を彩る家具や照明、グラフィックですが、作ってそれで終わりとは考えていません。紹介した椅子やテーブルについては、今後も富山工業高校の生徒らが点検やメンテナンスなどで末永く関わっていく予定です。
家具は時間の経過とともに塗装面が劣化したり、使用すればするほど接合部などが摩耗してガタつきが現れたり、部分的に壊れたりする可能性がどうしてもありますが、それは道具としての宿命でもあります。
安易に廃棄して代わりに新しいものを購入したりするのではなく、塗装し直したり、破損した箇所を補修したり、部品を交換したりしながら、みんなで愛着を持って大切に使っていくことも、後輩たちにとっては良い学びとなるのではと思っています。
そしてモノを大切にすることは、先輩の想いを大切にすることにもつながります。想いを糸のように紡ぎ未来につなげていくような伝統が出来たらいいなと思っています。
また、創業支援センター1階の並びには、ラボ(工房)として使用できる場所が作られる予定です。いろいろなDIY機械や工具も揃うため、利用者の方々の製作活動をサポートするだけでなく、高校生たちが家具のメンテナンスのために利用したりしながら、起業活動している方々や地域の人々とも気軽に交流出来るような場所になればいいなぁと思っています。
いつか富山工業高校の生徒たちが先生役をして、小学生のちびっ子たちにものづくり教室なんかもやってみたいですね!夢が膨らみます(笑)。
次回は照明とグラフィックについて紹介したいと思います。