連載記事
テーマに沿って10名の建築家・建築士が建築設計への想いや考えを綴り、バトンを繋ぎます。
第1弾のテーマは「建築設計との出会い」です。
※毎週火曜日に掲載
吉川和博一級建築士事務所
テーマ vol.01建築設計との出会い
「自由で境界の無い、楽しいデザインの世界へ」
少年時代、書店でふと手に取った「Lightning」という雑誌で、ミッドセンチュリーデザインの特集が組まれていました。「ミッドセンチュリー」の意味はよくわからなくとも、その表紙に載っていたカラフルで個性的な形のインテリア達に心を奪われ、気づけば隅々まで読み漁っていました。今思えばそれが、デザインの世界を垣間見た最初の経験だったかもしれません。
ジョージ・ネルソン、ヴァーナー・パントン、エーロ・サーリネン、イサムノグチ…と、訳もわからずデザイナーの名前を暗記したり、中古のミッドセンチュリーな家具に出会えるという東京都の目黒通りを勝手に聖地化して、いつか巡礼することを夢見たりするミーハーな高校生でした。
そんな中でひときわ私の心を掴んだのが、チャールズ&レイ・イームズのデザインでした。興味の赴くまま彼らのことを調べまくっていると、最初にでてきた肩書きは建築家。でもその他に、工業デザイナー・映像作家・グラフィックデザイナー等、彼らを語る肩書きは様々。作品も建築・家具以外に、グラフィック、テキスタイル、映像、おもちゃ…と、その活動が多岐に渡るのを見て、建築家というのはこんなに自由な存在なのかと胸を踊らせ、憧れを抱きました。
東京の大学に進学した私が最初に訪れたのは、もちろん聖地「目黒通り」。雑誌で見るようなカラフルなミッドセンチュリー家具たちがお店に並ぶのを前にして目を輝かせたのも束の間、その値段の高さに一気に現実に引き戻されたのを覚えています。
それでも、なんとか自分が建築家を目指すきっかけとなった椅子が欲しいと手が届くものを探し回り、ネイビーのシェルチェアを35,000円で購入。まだ空っぽのワンルームにちょこんと置いて、それを眺めながら誇らしげに鼻息を荒くしたのを覚えています(財布はすっからかんだったけど…)。今でもそのシェルチェアは、事務所の片隅で使い続けています。
現在イームズオフィスのホームページを見てみると、トップには「The Little Toy」というおもちゃが出てきて、ページを進めると子供たちが楽しそうに遊ぶ画像が掲載されています。それは小さければおもちゃだけど、少しスケールを大きくすれば家具にもなりそうだし、もっと大きくすれば建築空間を作るフレームにもなってしまいそうなデザイン。
そしてなによりも一目見ただけで、なんだかとても楽しそう。自由で境界が無く、何より楽しい彼らのデザインに対するスタンスは、自分が一体何をやりたくてこの道を選んだのか、いつも初心を思い出させてくれます。
この記事を書きながら、ふと思い立って彼らの映像作品「Powers of ten」を久々に鑑賞しました。ミクロ世界とマクロ世界を数分で行き来するそのボーダレスでフラクタルな世界観は、少年時代の私が憧れたデザインの本質を暗喩しているように感じます。
気を抜くと既成概念に絡め取られ、カタログから物を選ぶのが主な作業になってしまいそうな時も、このサイドシェルチェアに座ってコーヒーを一杯飲めば、頭に浮かぶチャールズとレイの楽しそうな顔が、いまだに私を自由で境界の無い、楽しいデザインの世界に何度も引き戻してくれるのです。