連載記事
テーマに沿って10名の建築家・建築士が建築設計への想いや考えを綴り、バトンを繋ぎます。
第2弾のテーマは「完成までのプロセス~人との出会い~」です。
※毎週火曜日に掲載
鈴木一級建築士事務所
テーマ vol.02完成までのプロセス
~人との出会い~
「同じプロセスは無い、だから楽しい」
このテーマを私なりに伝えるとすれば、一つたりとも同じ完成プロセスがないということになると思います。それが建築の難しさであり楽しさの根源でもあるとも思います。
建築は施主との出会いから始まり、敷地ならではの魅力を引き出すために挑戦し、設計チームや、施工チームとの協力関係の形成という大まかな流れについては同じと言えますが、敷地は毎回違いますし、おまけにそこに登場する人々まで異なります。
そうなると当然ですが、完成までのプロセスや結果は毎回変化します。そんな日々を過ごしていると毎日生きていて楽しいです。楽しいと思っていないとやっていられません。
ここで一つ完成までのプロセスに大きな影響を与えた出来事を紹介します。
ある中学校の改修工事での出来事です。発注者である行政担当者とのプロジェクト会議にて「仮設校舎を建設せずに建物全体を改修したい」という提案がありました。通常、大規模な改修工事ではその期間、生徒の活動する教室が使えなくなるため、仮設のプレハブ校舎を建設し、生徒に引っ越してもらった後、工事を行うことになります。
今回のプロジェクトも改修内容や規模からは、仮設校舎を建設することを想定していました。ただ、プロジェクトチームの行政担当者は改修が完了すると跡形もなく消えてしまう、そんな仮設校舎に費用や労力を費やすのではなく、今回改修する校舎に注ぎ込むことで、生徒の快適性の向上と建物の長寿命化、事業全体のコスト縮減も同時に実現することが出来るのではないかと言うのです。
私はその計画を実現するために改修プランを必死で考えた末に、少しヤンチャですが学校の体育館に音楽室や図書室などの特別教室を計画する事例を発見し提案したのです。しかしその計画では、学校の体育館が使えなくなるという致命的な課題が一つ残ります(笑)。
却下されるのではないかという思いから、行政の方と恐る恐る当時の教頭先生と校長先生に説明したのを覚えています。改修計画と全体の事情を説明し、しばらく沈黙した後、校長先生は「隣の市民体育館を使うから問題ないよ」と市民体育館との交渉にも自ら尽力して頂き、我々の意図を理解し同じ方向を向いて行動して頂いたのです。
そして無事工事を開始するのですが、工事中の生徒の安全確保、生徒が学習しているすぐ隣では工事による騒音、おまけに体育館も使えない。今回の条件で工事を行う上で施工者や利用者にとってのネガティブな要素を挙げればきりがないくらいです。
しかし、それらの課題に対しても施工者さんは「大切な中学校時代の思い出を工事により悪い思い出にしたくないよね」とこの難工事に正面から向き合って頂きました。「音がうるさいのは仕方ないからどんな工事をしているかしっかり伝えよう」や「どんな工事をしているか見えるようにしよう」「体育館に作る仮設特別教室は少しでも居心地が良い空間になるようにカーペット敷としよう」など様々なアイディアで現場全体の雰囲気を作りあげて頂きました。
そのように関係者全ての努力によって3年にわたる工事が完了する頃、現場事務所から一番見えやすいところに「工事の皆さん有り難うございます!」という手作りの大きなメッセージが掲げられていました。
それを見たときに、このプロジェクトにおけるプロセスが間違いではなかったという思いで安堵し、気絶しそうになったのを覚えています(笑)。しばらく月日が流れたある日、校長先生から「学習発表会を見に来てほしい」と連絡を頂き、完成後の利用状況を見学させてもらえる機会がありました。
設計当初、関係者で話し合った通りの使い方をして頂いていたのに感動したのと「この工事を見て建設業界に進みたいという生徒が何人かいました」と言うお話を頂いたのも非常に嬉しかったです。
このプロジェクトにおいて大きな影響を与えた出来事として、行政の方の「仮設校舎を建設せずに建物全体を改修したい」という言葉と、校長先生の「隣の市民体育館を使うから問題ないよ」という一言、施工者の「大切な中学校時代の思い出を工事により悪い思い出にしたくないよね」という想いなど、全てが完成までのプロセスに良い影響を与えています。
仮に、関わるメンバーが変わり、意思が無く、誤った決断や独りよがりな想いでプロジェクトを進めたとしても、残念ながら建物は出来上ってしまいます。だからこそ、プロジェクト毎に新に出会う人々の想いを知ることや、そこから生まれる対話を手掛かりに、設計者は常に最善を求めて行動すると同時に、建物の竣工という一つのゴールや、その先を想像し関係者に伝え続けることが大切だと考えています。