連載記事
テーマに沿って10名の建築家・建築士が建築設計への想いや考えを綴り、バトンを繋ぎます。
第3弾のテーマは「基本構想が生まれるまで〜アイデアとの出会い〜」です。
※毎週火曜日に掲載
荒井好一郎建築設計室
テーマ vol.03基本構想が生まれるまで
~アイデアとの出会い~
「敷地と向き合い、建て主の声を聴く」
折り返し地点となる第3回目のテーマは「基本構想が生まれるまで~アイデアとの出会い~」となっています。
どういうところから着想を得るのか、何が計画・設計のバックボーンになっているのか、というのはモノヅクリにおいて非常に大切な部分ですから、建築家それぞれのお話が気になりますね。
淺井さんのお話では、非常に奇麗にまとめられたプロセスを説明されていながらも、最後は言語化できないプロセスの必要性に帰着していて、建築設計の奥深さを感じる内容でした。
さて、私はというと「基本構想」という言葉からイメージされるような立派な設計思想・設計手法を持っているわけではありませんが、じっくり思い返してみるとモノヅクリに携わるものの端くれとしてそれなりに大切にしている考え方があります。
まず、根っこになっているなと思えるのは「建築設計の本質はアートではなくデザインである」という考えです。アートとデザインの違いというのは何となくイメージできても言葉にするのは意外に難しいです。私の中では、アートとは「自己表現」で、デザインとは「問題解決」であると認識しています。
この「問題解決」という考え方はリノベーションの場合はイメージしやすいですね。TV番組「大改造!!劇的ビフォアーアフター」では匠と呼ばれる設計者がクライアントの悩みを鮮やかに解決する様子は見ていて痛快です。
では、新築工事の場合はどうでしょうか?一見分かりにくいですが、ちゃんと問題は存在しています。ある固有の条件を持つ敷地に、ある要望を持った建て主が建築を建てたいという依頼から仕事は始まります。
その際には、敷地に関わる法的条件、敷地が持つ形状、敷地の周辺環境、建て主の予算、建て主のハード・ソフトに関わる趣味嗜好、建て主が今まで生きてきた中で感じてきた建築や生活に対する価値観、それらの全てを一つの「建築」という形に結集していく作業が「建築設計」です。これはそこに山積する問題を一つ一つ解決していく作業に他なりません。
つまり私が考える建築設計は、あらゆる制約の中に一路の光を見出すような作業であって、白紙のキャンバスに自分の好き勝手に絵を描くような作業ではないのです。ですから、私が建築の基本計画に取り組む際に大切にするのは、建築を建てる敷地の調査と観察、そして建て主へのヒアリングです。
当たり前ですが、建築というのはある「場所」に存在することになるので、敷地を観察して特徴を捉えることが非常に大切だと考えます。ですから、できるだけその敷地の性格を把握できるように、朝・昼・夕方、雨の日、晴れの日など条件の違うタイミングで訪れて観察してみます。
そうすると、「この方向の景色が奇麗だな」「隣家の窓が気になるな」「西日の当たり方が強いな」「前面道路の車通りが多いな」ということに気づけたりします。これらは周辺環境や方位から予測することも出来ますが、実感を持って敷地の空気感をつかみたいのでやはり直接訪れることが大切だと考えています。
また、近所にお住まいの方にお話を聞く機会があれば、「どの方向から強い風が吹くか」など数回の敷地訪問では把握しづらい季節的な気象条件の情報も得ることができます。これら敷地関係の情報を整理するだけでもこの場所に作るべき建築のゾーニング・ボリュームが見えてきます。
実際の基本計画段階で製作する模型やパースを敷地写真に当てはめてみたりするのも、「建築は単体で存在するものではなく敷地や周辺環境と共に存在する」という考え方を大切にしているからです。しかし、すんなり答えが出るとは限らず、建物ボリュームや配置計画においては何個もスタディー模型をつくってみて比較検討することもしばしば。
それから建て主へのヒアリングについてですが、これは実は結構難しいと感じています。表面的ではなくその人の心の奥底にある好みや思考の傾向はその人自身も分かっていないことが多く、ということはどんな建築がほしいのか自分でも分かっていないということになります。ですから、何回もヒアリングを重ねてそれを探す作業が建て主と一緒に行う建築づくりの入口ということになります。
ここで、ヒアリング段階から基本計画段階について、小規模な住宅設計に限定した内容でお伝えしたいなと思います。建て主の要望を聞き出すために、まず「住まいの設計調書」を渡して記入していただいています。
その調書に設けられている項目の中でいつも興味深い回答が得られるのが「今の住まいで困っていることランキング」と「新居で叶えたいことランキング」です。単なるリストではなく順位付けしてもらっているのは設計上の優先度を同時に知るためです。この二つのランキングはリンクしていることが多いですが、「困っていること」を答えてもらっているのがポイントです。
どんな家が望みですか?好みですか?という問いに対して理路整然と答えられる建て主はほとんどいませんが、今の生活で困っていることは湯水のごとく湧いてくるようです(笑)。まだ見ぬ将来の生活を想像するのはなかなか難しいですが、今そこにある生活については建て主が専門家であるわけですからこれは当然の事。
こんな感じで、どうやって建て主の声にならない声を聴こうか、日々アプローチ方法に試行錯誤している次第です。そして建て主が伝えてくれる「不満」の中にこそ新しい住まいへのアイデアが隠れていることが多いというのはご想像の通り。
さて、そんな不満をちゃんと解決できるようにと胸に刻みながら基本計画を進めるわけですが、建て主・設計者ともにネガティブモードに陥ってしまっては住まいづくりが楽しくなくなってしましますから、素人である建て主に対していかに分かりやすく、いかに楽しく設計期間を過ごしていただけるかに配慮することも大切であると考えています。
そこで私は手描きのスケッチや図面を用いてプレゼンすることにしています。機械的ではない人の手仕事を感じられるものには温かみがあって、こちらの想いが柔らかく建て主に伝わってくれるのではないかと思っているからです。
前回のブログにおいて、私が「プロセス」を大切にしていることは知っていただけたかなと思うのですが、これは建設段階だけでなく計画・設計段階でも同じでして、どんなツールを用いて、どのような道筋を辿って、設計の完成に辿り着くのかということに強い思い入れがあります。


そんなやりとりの中で建て主の不満や要望を聞き取り、それに対する解決策として基本構想段階で提案し、そのまま実現した事例をいくつか紹介します。
「子供の見守りができるような関係で家事がしたいのでLDKの近くに勉強スペースをつくりたいが、ガチャガチャしている勉強スペースは見せたくない」という要望に対してダイニングキッチンと対面するように設ける中二階のワークスペースを提案しました。
「所有ピアノを新居に置きたい。家全体の面積はコンパクトにしたいが専用の置場がほしい」という要望に対して、玄関ホールをピアノサロンとして設える提案をしました。
「敷地が小さくコンパクトな平面計画になってしまうが、どこにいても家族の気配が感じられるようにしたい」という要望に対して、平面的ではなく立体的につながりをつくるスキップフロアの空間構成を提案しました。
「コスト的に面積は極小に納める必要があるが、宿泊施設として開放感や外部とのつながりは捨てたくない」という要望に対して、玄関をなくして中間領域との意識的なつながりをつくる提案をしました。
というように、一見両立できないような要望や、気象条件・コスト条件・面積条件などのあらゆる制限という問題を解決する過程で、その建築に固有の性格となるコンセプトが生まれることが多々あるなというのが実感です。
これは「まったく白紙の状態から好きに考えて良い」と言われて生まれるものではないので、建築に強さを与えるのは制限であり、それを解決しようする反発力であると言えるのだろうと思います。その反発力の方向性や強弱が設計者によって様々なので、出来上がる建物も様々ということになり、これが建築の面白いところですね。
そのような思いから、「形のための形・デザインのためのデザイン」はできるだけ避けたいと考えていて、問題解決の必要性から生まれた建築空間・建築デザインが私にとって心から美しいと思えるものです。
最後に・・・私が本ブログ内でお伝えしたことが気になったという現在建築を勉強中の若い方には、故・宮脇檀氏の設計ノウハウが詰め込まれた書籍「目を養い 手を練れ」を是非読んでいただきたいと思います。これは私がまだ若き日に購入して、大きく影響を受けた書籍でして、今回のブログで書いたことの中にはこの書籍の受け売り的な部分もちょこちょことあります。
そして、この書籍を読んでからは、出かける度に宮脇さんの真似をしてスケッチを描きました。最近はさぼりがちなのであまり偉そうには言えないのですが・・・そんな真似事でもコツコツ続けると少しは身につくもので、それが仕事の役に立つことも出てきます。

建築というのは実態を持つもので、現場で職人さん達の手でつくられるものですから、やっぱり設計作業もパソコンの中だけで完結するものではなく、眼と手と頭を連動させながら生み出していくものなのだろうと思います。私自身、これからも手の鍛錬は時間を見つけて続けていき、自分らしい建築設計を追求していきたいです。