連載記事
テーマに沿って10名の建築家・建築士が建築設計への想いや考えを綴り、バトンを繋ぎます。
第3弾のテーマは「基本構想が生まれるまで〜アイデアとの出会い~」です。
※毎週火曜日に掲載
神田謙匠建築設計事務所
テーマ vol.03基本構想が生まれるまで
~アイデアとの出会い~
「鏡の無い美容室」
美容室には鏡と椅子が並んでいるように、住宅がnLDKでできているように、学校が教室と廊下に分けられているように、建築には用途があり、用途には紐づいている様式があります。
たくさんの条件が絡む建築設計において、基本構想の過程が同じになることはありません。しかし、設計の前提になっている用途と様式については毎度考えています。
建築を取り巻く社会や人が変われば、建築の在り方もきっと変わるはずです。時代を超えて当たり前に受け入れられている用途と様式の間柄の中には、現代に生きる私たちの価値観とミスマッチが起きているものもあるでしょう。様式のルーツを知って使うのと、知らずに従うのとでは、基本構想の柔軟性と自由度に差が出ると思うのです。
もしお施主さんの要望と様式にミスマッチがあれば、そこに新しい方向に分岐する手掛かりが見つかります。今回はそんな基本構想がダイレクトに実った事例を、過程を追いながら紹介します。
Bar DOPENESS
「お酒を通じて笑顔や元気、そして人同士のつながりを提供できる場所をつくりたい!」
気の沈むマスク生活を吹き飛ばすように、施主は希望に満ちたバー構想を語ってくれました。コロナ禍を経て、SNSやアプリでの交流・出会いが台頭している時代、リアルの価値を問い直し、バー文化を拡げるお店。お酒が大好きな私は理想に共感しながら、典型的なバーの建築様式には当てはまらない、新しい答えが求められていると感じました。
これは最初にプレゼンした時の、基本構想のダイアグラムです。
バーは200年以上前、西部開拓時代のアメリカで生まれました。酔っぱらい客と酒樽を横木【= Bar】で区切ったのが起源だとか。そんなバーの「区切る」が発展した一文字カウンターの様式と、施主の「つながる」展望にミスマッチがあると考え、そこに切り込む提案をしました。
左) 典型的なバーの様式です。お一人様と店主や同伴者同士が会話やお酒を楽しむには、Y軸を強調した孤立性の高い様式が合っているし、店側のサービスのしやすさも良好です。一方、X軸では客同士の席を跨いだ関係性は閉ざされています。
右) 客の位置や視線をずらしてみると、さながら飲み屋の角席のように、席を跨いで連続する関係性が見えてきました。「袖振り合うも他生の縁」と言うように、まさにそんな小さな接点から縁を紡ぐ、雲形のカウンターの提案です。X/Y軸に分類できないこのカウンターこそが、バー従来の様式と店の性格のミスマッチを埋め、一体感やつながりを生む仕掛けになると考えました。
基本構想は採用され、一方で大切な従来の機能性を損なわないよう気を配りながら、モクモクと形を決定していきました。現在、施主はマスターとしてこのカウンターに立ち、あの日語った理想のまま、笑顔と一体感に溢れたシーンを日々織りなしています。
バーの事例は、メインの読者層のみなさんには馴染みにくかったかもしれません。(ハタチになったら是非いってみてください!)
身近な用途だと、冒頭に挙げた美容室にはどうして鏡と椅子が並んでいるのでしょうか。そんな当たり前のことを考えてみることも、柔軟な基本構想を生むひとつの切り口になると思います。マスターのバー構想が型に囚われていなかったように、建築の構想も自由で良いのです。
例えば、鏡の無い美容室。そんな建築もあり得るのかもしれませんね。