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連載記事

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ケンチクノワ2

富山を拠点に、県内外で活躍する個性豊かな建築家・建築士10名によるリレーブログ。
テーマに沿って10名の建築家・建築士が建築設計への想いや考えを綴り、バトンを繋ぎます。
第3弾のテーマは「基本構想が生まれるまで〜アイデアとの出会い~」です。

※毎週火曜日に掲載

吉川和博一級建築士事務所

吉川(よしかわ)和博(かずひろ)


テーマ vol.03基本構想が生まれるまで
       ~アイデアとの出会い~

「“美しいもの収集癖”がある人の日常」

早朝、立山連峰の向こう側から朝日の気配が空を幻想的な色で染めることがあります。太陽がまだ山の向こうから顔を出していないので、頂のシルエットだけが浮かび上がっている風景が好きで、いつも楽しみにしています。岩瀬から滑川のグラウンドまでロードバイクを走らせている時に、運が良ければ眼前に広がる絶景です。

「いわせはし」から見る朝焼け。こんなに鮮やかな朝焼けは一度しか出会ったことがない

毎回同じ時間帯にロードバイクを走らせていても、季節が巡ればタイミングもかわります。空が白んでいるうちにグラウンドに着く季節もあれば、着く頃には峰々の上から太陽が姿を現している季節もあるし、そもそも暗すぎて早朝にロードバイクに乗ることを断念する季節もあります。

まだライトをつけないと走れない季節。これ以上暗くなると危険なので、ライドを断念せざるを得ない

天気は勿論、雲の量や空気の澄み具合、気温など様々なパラメータに左右されて、2度と同じ現象は見られない一期一会の風景。ただ確実に言えることは、その時間にその方向に目と意識を向けていなければ、どんなに長い間その場所に住んでいたとしても、それに気づくことなく一生を終えるだろうということです。

これら3枚は全て「いわせはし」の上から同じくらいの時間帯に撮影したもの

なんだかそれって、すごくもったいない…。

こういうことって、気づかないだけで意外と沢山あるのではないかと思います。時間とお金を使ってどこか遠くの特別な場所に行かなくても、自分の生活している近辺で立ち止まったり、視点や時間を変えて目を凝らせば、そこには初めて見る景色や不思議な世界が意外と広がっていたりします。それこそ、一生をかけても気づききれない程…。

雪が降った後の快晴の日は、美しい景色の宝庫。誰にも踏み荒らされていない午前中のうちに美しいもの探しに出かけます。放射冷却ですごく寒いけど…

刈り取られた稲の根元が残った状態の水田に雪が積もると、不思議なランドスケープが出来上がる

木の枝に雪が積もると、いつもより枝の形が強調されて繊細なディテールを感じられる

マイナスの気温、雪、強風、太陽の光の要素が揃った時に見られた景色。舞い上がったサラサラの雪が太陽光でキラキラと輝く。ただしめちゃくちゃ寒い

自然が作り出す光や色や不思議な現象を見て、人は何故か「美しいな」と感じることができる生き物です。そして更に、どうしてそのような現象が起こるのだろう?と考えたり、仕組みを調べたり、その謎を解明したりすることもできます。

うろこ雲、もしくは羊雲(雲ができる高度による)は、上空の温度差の境に発生するべナール滞留によって形作られる。味噌汁に浮かぶ味噌の形と原理は同じ

一つの木に二色の花を咲かせるハナモモの源平咲きと秋の紅葉したモミジ。赤く色づくのはどちらもアントシアニンという成分に由来する

いつしか日常生活の中で、そういう「美しいもの」を収集する癖がつくようになりました。近年スマートフォンの性能は、私の欲求を満たしてくれるには十分すぎる機能を搭載するようになりました。

撮影した画像をメモがわりにSNSに共有してみたり、現象の仕組みがわからなければすぐに調べることもできますから、その収集欲は膨らむばかりです。

「まだ花が咲く前の紫陽花の蕾に、昆虫になった気持ちでダイブしてみた」の図

そんなことを10年以上も続けていると、去年の同じ時期はどうだったのかとか、この花はあとどれくらいで咲くだろうとか、この雲の形なら夕焼けはすごく綺麗になるだろうから、撮影場所はどこにしようかなど、目に映る世界の解像度が少しずつ上がって、時間軸の前後方向に意識が広がるようになりました。

空が雲に覆われつつも、西の水平線上が晴れている時、太陽が沈む瞬間に雲の下側に光が当たって空一面の夕焼け雲を見ることができる

季節が巡るのに合わせて家の周りでは本当に色々な自然現象が起こります。それらを発見収集する為に事務所の庭で焚き火をしてコーヒーを淹れてみたり、家の周りをランニングしてみたり、ロードバイクを走らせてちょっと遠出してみたり、最近では海を泳いでみることも始めてみました。

仲間と一緒に、山へ出かけることもしばしばあります。季節の変化は待ってくれませんから、毎日結構忙しいんです。

岩瀬浜のとある朝。東に朝日、西に二重の虹が同時に見えた

風や水の力で少しずつ砂浜に描かれた不思議な形 上:岩瀬浜 下:西伊豆の岩地海岸(実家が西伊豆)

そういうところで収集した、自分が「美しいな」と感じるものの中から、何か空間に反映できるものはないかなと考えたりもします。もともとその為に収集してきたわけではないのですが、仕事柄それは自然な発想の流れでしょう。まぁ、それがそんなに簡単ではないのですけど…。

庭木と朝日によるピンホール現象で生じた丸い光を部屋に取り込む

氷見の民宿の小さなテラスから、東の空と海を切り取った開口。運よく朝焼けの日に宿泊していれば、最高の夜明けのコーヒーを楽しめるはず。ただし早起き必須

夕焼け空、桜、運河の水面をフレーミングする為のテラスの開口

家の中で何気なく日常生活を送る中で、ふと「美しいな」と感じられる瞬間を住民やその施設を使う人が発見できたら楽しいのではないか。あわよくば”美しいもの収集癖”のある人が増えるような、そんな仕掛けをどこかに忍ばせたいと、基本構想の段階からこっそり企みながら設計しています。

「贅沢な朝を過ごせています!」と、早朝にお施主さんから送られてきた一枚。食卓から見える東側の高い部分に開けた大きな開口から、朝焼けを眺めながら朝食をとったそうです

吉川和博 (一級建築士)

PROFILE

吉川和博一級建築士事務所

富山市岩瀬文化町42
HP:https://mss-architects.com

吉川和博 (一級建築士)

1982年 静岡県沼津市生まれ
2009年  東京理科大学大学院 山名義之研究室 修了
     株式会社日建設計勤務
2011年 富山に移住 VEGA貫場幸英氏に師事
2015年 青山建築・計画事務所 勤務
2018年 デザイン事務所マルサンカクシカク 設立
2020年 吉川和博一級建築士事務所 設立