連載記事
テーマに沿って10名の建築家・建築士が建築設計への想いや考えを綴り、バトンを繋ぎます。
第3弾のテーマは「基本構想が生まれるまで〜アイデアとの出会い~」です。
※毎週火曜日に掲載
吉川和博一級建築士事務所
テーマ vol.03基本構想が生まれるまで
~アイデアとの出会い~
「“美しいもの収集癖”がある人の日常」
早朝、立山連峰の向こう側から朝日の気配が空を幻想的な色で染めることがあります。太陽がまだ山の向こうから顔を出していないので、頂のシルエットだけが浮かび上がっている風景が好きで、いつも楽しみにしています。岩瀬から滑川のグラウンドまでロードバイクを走らせている時に、運が良ければ眼前に広がる絶景です。
毎回同じ時間帯にロードバイクを走らせていても、季節が巡ればタイミングもかわります。空が白んでいるうちにグラウンドに着く季節もあれば、着く頃には峰々の上から太陽が姿を現している季節もあるし、そもそも暗すぎて早朝にロードバイクに乗ることを断念する季節もあります。
天気は勿論、雲の量や空気の澄み具合、気温など様々なパラメータに左右されて、2度と同じ現象は見られない一期一会の風景。ただ確実に言えることは、その時間にその方向に目と意識を向けていなければ、どんなに長い間その場所に住んでいたとしても、それに気づくことなく一生を終えるだろうということです。
なんだかそれって、すごくもったいない…。
こういうことって、気づかないだけで意外と沢山あるのではないかと思います。時間とお金を使ってどこか遠くの特別な場所に行かなくても、自分の生活している近辺で立ち止まったり、視点や時間を変えて目を凝らせば、そこには初めて見る景色や不思議な世界が意外と広がっていたりします。それこそ、一生をかけても気づききれない程…。
自然が作り出す光や色や不思議な現象を見て、人は何故か「美しいな」と感じることができる生き物です。そして更に、どうしてそのような現象が起こるのだろう?と考えたり、仕組みを調べたり、その謎を解明したりすることもできます。
いつしか日常生活の中で、そういう「美しいもの」を収集する癖がつくようになりました。近年スマートフォンの性能は、私の欲求を満たしてくれるには十分すぎる機能を搭載するようになりました。
撮影した画像をメモがわりにSNSに共有してみたり、現象の仕組みがわからなければすぐに調べることもできますから、その収集欲は膨らむばかりです。
そんなことを10年以上も続けていると、去年の同じ時期はどうだったのかとか、この花はあとどれくらいで咲くだろうとか、この雲の形なら夕焼けはすごく綺麗になるだろうから、撮影場所はどこにしようかなど、目に映る世界の解像度が少しずつ上がって、時間軸の前後方向に意識が広がるようになりました。
季節が巡るのに合わせて家の周りでは本当に色々な自然現象が起こります。それらを発見収集する為に事務所の庭で焚き火をしてコーヒーを淹れてみたり、家の周りをランニングしてみたり、ロードバイクを走らせてちょっと遠出してみたり、最近では海を泳いでみることも始めてみました。
仲間と一緒に、山へ出かけることもしばしばあります。季節の変化は待ってくれませんから、毎日結構忙しいんです。
そういうところで収集した、自分が「美しいな」と感じるものの中から、何か空間に反映できるものはないかなと考えたりもします。もともとその為に収集してきたわけではないのですが、仕事柄それは自然な発想の流れでしょう。まぁ、それがそんなに簡単ではないのですけど…。
家の中で何気なく日常生活を送る中で、ふと「美しいな」と感じられる瞬間を住民やその施設を使う人が発見できたら楽しいのではないか。あわよくば”美しいもの収集癖”のある人が増えるような、そんな仕掛けをどこかに忍ばせたいと、基本構想の段階からこっそり企みながら設計しています。