連載記事
テーマに沿って10名の建築家・建築士が建築設計への想いや考えを綴り、バトンを繋ぎます。
第5弾のテーマは「建築設計の楽しさ」です。
吉川和博一級建築士事務所
テーマ vol.49建築設計の楽しさ
「曖昧さのあるデザイン」
茹だるような暑さもだいぶ和らぎ、朝夕涼しくなってくると、仕事前に薪割りをする気になってきます。私の設計事務所のメインの暖房器具は薪ストーブなのですが、主に秋~春は薪割りの季節です。
薪ストーブ仲間からの情報で、伐採木があることを聞きつけると、チェーンソーを持って皆で集まり、大きな丸太を玉切りにします。秋口には、そうやって集めてき た木々が庭に山積みになっているので、庭の木陰でこれを少しずつ割るのが朝のルーティン になります。
実は薪というものは通常、割ってから2年程薪棚に積んで乾かさないと燃料として使えません。木の中に水分が残っていると、ストーブに焚べても水分を蒸発させるためにエネルギ ーを使ってしまうし(燃やしても温度が上がらない)、不完全燃焼を起こしたり煙突に煤(すす)が溜まる原因となってしまう為、機器にとっても良くないのです。
つまり、薪を割って積み上げた時点でそれを使うのは2年後という、忙しい現代人にとっては途方もなく⻑い時間が内包された、なんとものんびりとした行為ということになります。
住宅設計の提案を作るときは、薪ストーブや畑、実がなる木を植えることなどを提案しています(毎回提案が全て受け入れられるわけではありませんが…)。
建築は設計する時間よりも、 使い手がそこで暮らす時間のほうが圧倒的に⻑く、そしてその暮らしというものは、毎日、 毎年、同じような事が繰り返される平凡なものです。
その何の変哲もない日常の中に、数ヶ 月後の為に種を蒔いたり、数年後の為に薪を割ったり、季節の変化を感じられる仕掛けをあちこちに仕込みながら、変わらないようで少しずつ変わる暮らしを楽しんで欲しいと思いながら設計しています。
一方で暮らしを⻑いスパンで見ると、そこには変化が付きものです。暮らしが変わっていくことをどうデザインに落とし込むのかということも、設計する時の大きなテーマの一つです。
建築士やデザイナーの仕事は、色や形や寸法を「決める」ということがとても重要な職能であると思いつつ…、実は私自身とてもそれが苦手です。
「決めてしまう事で、使い手の未来の自由を奪ってしまうのではないか…」なんて思い始めると、途端にあらゆる可能性を考え 始めてスケッチの手がフリーズしまうのです。当初はそれが自分にとっての弱点だ と感じていたこともあり、克服しようともしましたが性格は変わらず。
今ではそれを逆手に取って、 使い手に余白が残された「曖昧さのあるデザイン」というのはどういうものなのか?という 方向で考えていこうと、180 度思考を反転させました。組み合わせの仕組みを考えたり、一 つのものに2つ以上の機能を持たせたりと、決め切らないデザインをすることで、自分の弱点を新しい発想の出発点にすることにしました。
自分が設計・デザインして、それが使い手に渡った後は、それをどんどん変化させていって欲しいなと思っています。私の意図通りに使って欲しいとはあまり思ってなくて、あわよくば想像していなかったような展開があると面白いですね。
使い手の創作意欲を掻き立てる ようなちょうど良い曖昧さをデザインに込めたい。これがすごく難しいのですが、それ考え る事が、私がデザインする上で最も楽しいと感じる時間です。